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SOUTH AFRICA (1993.9.9-14;9.15-10.4)

チチカンマ国立公園を出て、4時半頃ハイゲートオストリッチファームに着いた。ダチョウの飼育の仕方などの説明を受けた。日本語を喋れるガイドもいるらしい。ダチョウの卵1個で鶏の卵18個分だ、とか、軽い女性なら卵の上に乗っても卵はつぶれない、だとか。オストリッチに襲われたら首を狙え、だとか。

それからダチョウに試乗した。もう振り落とされそうになるのを耐えるので大変だった。バランスをとるのが非常に難しい。そして私たち何人かを試乗させて笑いをとったあと、オストリッチレースが行われた。といっても正味50mくらいのコースを往復するだけのものだが、ジョッキー同士が引っ張り合って他のジョッキーを落とそうとしたり、非常に笑えた。

そして夜はダチョウのスクランブルエッグを前菜にメーンはダチョウのステーキ。レストランのそばにはダチョウの羽や皮、卵の殻などを使った土産物屋があった。本当にほとんど捨てることなく有効利用されてるんだな、と感心しました。  

この日の夜のキャンプはすさまじかった。小高い丘の上でキャンプを張ったのだが、傾斜のついていない部分が無く、しかもそのうえ石が多く、スリーピングバッグの下にマットを2枚引いてもまだ少し石を感じた。      

あまり良く眠れなかった朝があけると、カンゴケーブに向かった。少し道に迷ったが着くと、なんと観光バスがズッラーと並んでいた。ここまで並んでいるのはアフリカに来て以来初めて。なんでも毎日2-5千人が訪れているそうだ。子供達の団体も多かった。鍾乳洞の中は、ガイドとともに回るツアーになっていて、1人で入っていくわけには行かない。まぁひとりで入って行くと迷ってしまって出て来れなくなるだろう、と思ってしまうほど大きかった。

ツアーのスタートまで時間があったので土産物屋に入ると、カンゴケーブ内部の様子のポストカードが写真集が売っていて、本当にきれい。期待が高まって中に入っていきました。  

入ってすぐのところに50m四方くらいはあるだだっ広いホールがあった。ガイドは巨大なトーチを持っていて、それで目標物を照らして説明して行く。赤や黄色のライトを当てたり、音楽も流したり、本当に良く考えられていた。天井の高さもさまざまあり、抜けるように高いところから、四つん這いになって進んでも背中を打つくらいの高さのところまであった。石もさまざまに変化しており、アイスクリームのようなものやバレリーナんのようなものなどいろいろあった。鍾乳洞の何が好きと言って、あのなんか少しひんやりとする空気が大好きなんだけど、ここでも気持ちのいい時間を過ごしました。

カンゴケーブ見学終了後モセルベイへ。バーソロミュ・ディアスの博物館へ。ディアスは嵐の岬(現喜望峰)をはじめてヨーロッパに紹介した人物として名前を残していますが、この博物館にはレプリカの船などもあり、大航海時代のことについて詳しく説明されていました。船旅というのにも憧れはありますが、しかし当時の船なら揺れも激しかったろうし、船酔いで大変だったろうな、と思ってしまいました。  

キャンプサイトには夕方に着いて海を見ていると、イルカが3匹一緒になって沖のほうに向かって波を飛んでいました。あまり高くは飛んでいなかったけど、しかし、鯨といい、イルカといいあの黒光りのする艶々の皮は波で輝いて、息を呑む美しさでした。また時間が経つのを忘れて見とれていました。  

次の日はアガラス岬へ。なんとここがアフリカ大陸最南端。私はてっきりアフリカ最南端は喜望峰だ、とばかり思っていました。慌てて地図で確かめると、確かにこっちのほうが南にあります。全然間違ったことをこのときまで信じ込んでいました。しかし、最南端といったところで、急に熱くなるわけでもく、旅の終わりが近づいていることを思い起こさせられただけでした。

最南端の碑のところには、世界中の有名な都市までの方角と距離がはめ込まれていたが、東京など日本の都市は載っていなかった。香港はあったのにね。それにしてもいたるところで観光地化が進んでいる南アフリカで、ここは最南端という売りがあるにもかかわらず、全然観光地化されていずに不思議だった。だから逆に落ち着けた、という面もあります。    

エメラルドグリーンの海が目前に広がるストライスベイを出て、ワインの産地として有名なステレンボッシュへ。12時頃に着いたので最初にワインの試飲に行ったところで軽いランチも取った。そこを手始めに、結局5軒のワイナリーを試飲して回った。

面白かったのは5軒目。それまでは試飲はタダだったので、みんな結構飲んでいたが、最後のところは5ワインの試飲で1US$と言われると、トラックの仲間半分くらいは試飲をしなかった。それにしてもステレンボッシュには本当に多くのワイナリーがあり、それぞれに特徴があって味わい深かった。  

そしてキャンプサイトに向かって走っていると水道管が破裂したようで、道路から水が吹きあがっていた。着いたキャンプサイトはひどかった。すごく荒れている。丸太でこさえた橋はところどころ折れていたり、切れていたりで、渡ったらつぶれて大怪我しそうだった。それ以外にも木で作ったもののほとんどは、どこかが壊れていて危険なことこの上なかった。ファイアー台もあったが今までの南アのキャンプサイトでは、前の人が使って残った灰はきれいに始末してあったが、ここはきっちりと残っていた。草もぼうぼうだったし。この旅最後のキャンプはもう少しいいところでしたかったな、と思いながら、寝袋の中へ。    

ついにケープ半島を回るときがやってきました。これで旅も終わりだなァ、と思いながら、いつものように私達を乗せたトラック“ポレポレ号”は走っていきました。しかし喜望峰というのは、凄い風が吹いているもんです。ビックリしました。昔はじめてヨーロッパに喜望峰を紹介したディアスが、“嵐の岬”と表現した通りです。灯台のほうへの坂道をあがるときは強烈な向かい風のため、なかなか進まない。逆に下りるときは後ろからどんどん押されているようで、転がり落ちて行ってしまいそうで怖かった。喜望峰の崖に沿って遊歩道を歩いているときも海からの風で顔を上げられないくらいでした。メガネも飛ばされてしまい、慌てて拾いました。風が本当に痛く感じて、トラックに戻って唇をなめると、潮辛かった。  

その後、ケープタウンのウォーターフロントにあるブレークウォーターロッジに入り、4日も続けてベッドで寝るという生活をし、テント生活の垢も落として、日本にたどり着きましたとさ。

 

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