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KENYA (1993.7.11-18)

とりあえずナイロビのホテルに集合。丘の上のカジノのすぐ近くのホテルだったんだけど、初めてのアフリカ、海外旅行すら初めてという状態では、いくら近いといっても夜一人出歩いて行くというのは考えもしなかったです。それどころか町を歩くのも怖かったです。ケニア人のあの大きな目。そしてけっこう眼が赤い人も多かった。だから何か危険な感じがして、歩道はできるだけ歩かずに、車道に近いところばっかり、人通りは有るけれども人の少ないところを選んで歩いていました。今から思うと、なんであの時はあんなにビビッてたんだろう、と笑ってしまいます。でもこのときは真剣に、もし襲われてもできるだけ逃げやすいように、ということばかり考えていました。

出発すると赤道上の町ナニュキで停まりました。ナイロビの市内というのは確かにアフリカには違いないんだけど、ナニュキで初めてアフリカの町に触れた気がしました。で、お土産屋さんで売り子の人達となんだかよくわからない話をして、結局は何も買わずに、ケニア山のキャンプ場へ。ここが寒かったんよな。ただでさえ一番寒い7月だったし。Tシャツしか持っていなかった私はいきなり後悔しました。他のメンバーはみんなジャンパーとかコート類持ってきてたのに・・・。

そして次はサンブルN.P.をめざしました。もう風景は完全に想像していたアフリカそのものだった。まわりに家などなく、緑じゃなく黄色の草がだーーっと見渡すかぎり生えている。サンブルに入って、初めてサファリを体験しました。動物を探してあっちこっちと行きました。シマウマとインパラ、ガゼルはほんとうに多かった。たまにキリンや象。それでも自然の中に居るそんな動物達を見るのは初体験だったから、次は何が見れるんだろう!と期待しながら時間はあっという間に過ぎていきました。それにしてもアフリカ人の目の良さには脱帽しました。動物を探す人の目のいいこと。「あそこに象が居る」とか言って車をそっちに走らせて行くんだけど、こっちは双眼鏡で見ても黒い点にしか見えんのに。近くに行ってやっと、ああほんとうに象だった、てな感じで。もちろん何年もやってれば、どこに象が居るか、とか判ってくるだろうからある程度勘もあるんだろうけど。

豹も見れて良かった。シマウマとかインパラばっかりだったから、なんか肉食獣見せてくれよぉ、と思ってたら岩の上にちょこんとお着物のように豹が座ってた。もうみんな一生懸命写真撮ってました。チーターは見れなかったけど、まだこれからも動物サファリは盛り沢山だからこれからに期待しましょう。

このサンブルN.P.でテントを張った近くのロッジのレストランには良くお茶や麦酒飲みに行った。ちょうど川に面していてその1階部分は雨期になると何度も浸水したことがあるらしく、どこまで水に浸かったか柱に記録してありました。それを見て、子供の頃身長を計って柱に傷をつけていたことを思い出しました。身長と浸水と、ぜんぜん生活観が違いますねぇ。申し訳ない。

テントの近くを一人で散歩してたら突然、3mくらいの距離でインパラと目と目が合っちゃいました。向こうもなぜか一匹だけだったんだけど、あれがお腹を空かせたライオンじゃなくて良かったです。食事の用意をしているとバブーンが数匹やってきて、隙を見て食べ物を掠め取ろうとするし。なんかほんとうに動物達に囲まれている、と実感しました。

それからはバリンゴ湖に向かいました。そんなに大きな湖じゃなかった。近くにディスコらしきものもあって、そこで夜少し遊びました。そのときミネラルウォーターを買いました。そしてテントに戻ってゆっくりしていると、なんか外が騒々しい。で、出ていったらカバが陸に上がってきて好き勝手やってました。いやぁさすがにあの巨体でテントをいくつも張ってあるところに出てこられると困っちゃいました。もちろん何もできないですから。せめて私のテントにだけは近づかないでください、と神様にお願いしておりました。まぁさすがにテントに突撃して潰して回る、ということはなく、乾してあった洗濯物なんかは多少被害を受けましたが、友好的なカバで助かりました。

さて翌朝、ミネラルウォーターを飲もうか、と蓋開けようとしたら、ペットボトルの中で何かが揺らめいています。何か気持ちが悪くなって捨てましたが、あれはその後一時日本でも話題になった、カビだったんでしょう。昨晩は買った時も飲んだ時も暗かったんで、よくわからず飲んでしまいました。そのためこの日は腹の調子が悪く何度もトイレに行ったのでした。

そんな腹の調子が悪いのを我慢しながら、ボートで湖に浮かぶ小島の周囲をまわるバードウォッチングにも行きました。ちゃんとライフジャケットを着けていきました。湖をボートで行く、ということは楽しかったんだけど、鳥はほとんど見れずじまい。少し残念だった。このボートの発着所の横に、カバが陸に上がってきたら注意しろ!という看板が立ってました。やっぱり、よく人騒がせなことをしているみたいです、ここのカバ君たちは。まぁカバ君たちにとったら、人間が彼らの領域を侵しに来ているだけなのかもしれませんが。

それからエルゴン山(のちにエボラの本拠地と判明)に向かおうとして走っていました。ところがもう外が真っ暗になっても走ってます。対向車もなく、ただ漆黒の闇の中を、私達を乗せた車だけが道に迷ってさまよっておりました。途中トイレストップしたとき、蛍を見ました。その怪しげな光がまわりに何も明りのない中、今の私達を暗示しているようでした。結局、警察の施設の中にテントを張らしていただいて寝ました。なんか変なことで警察の厄介になってしまいました。そしてエルゴン山はあきらめて、一路ウガンダを目指したのでした。

途中キタレでケニア最後のショッピング。手持ちのケニアシリングをとりあえず全て使いきろう、とマーケットに行きました。思っていたより大きなマーケットで、露店がずらっと並んでました。ただあんまり買いたくなるようなものはなかったですが、ケニア人とお互い変な英語で話をしているとホント楽しいです。トラックに戻るとトラックの周りは人だかりができていました。何か買ってくれ、と押し売りに来る大人。ただトラックと白人が珍しくて集まってくる子供達。

ここの子供達にとっては日本人も香港人や中国人も見分けがつくわけもないんでしょう。私を見ると、“チーナ”だとか“ジャッキーチェン”だとか声が掛かりました。そして“カラテ、カラテ”です。そしてカラテのまねらしきことをやってきます。だから私も調子にのって出来もしない空手を少し教えてきました。青い鼻水をたらしながらも、目はきらきらと輝いている子が多かった。だから調子にのりついでに彼らと一緒にこの旅始まって以来の写真を一枚、パシャ、っと撮りました。

考えてみると、あのナイロビに着いて感じた恐怖感を完全に取り除いてくれたのは、このキタレの子供達だったような気がします。ということはその後、ケニアに縁ができてしまったのも彼らのおかげなのかな?

そんなこんなでキタレを発ち、あとはもうボーダーまでただひたすら走るのみ。その日のうちにケニアに別れを告げ、ウガンダへ入っていくのでした。

しかし考えてみるとケニアではメジャーな観光地には全然行かんかったんですね。このあとケニアには2度行きましたが、あれ以来行ってない所ばっかり。なんか貴重な体験をしましたね。“野生の王国”を堪能した、という感じです。


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